凛と黒鋼のお話。
初めの部分は魍魎の匣っぽくなればいいと思った。
できてないけどね。雰囲気だけでも。
甘くはないです。微糖すぎた。
初めの部分は魍魎の匣っぽくなればいいと思った。
できてないけどね。雰囲気だけでも。
甘くはないです。微糖すぎた。
嗚呼、なんて美しい人形であろうか。
絢爛な花々に囲まれ瞼を伏せ横たわる姿は、正に芸術と呼ぶに相応しい。
閉じられた瞼の奥に眠る瞳は果たしてどんな色彩を輝かせているのだろう。
いや、違う。私は其の色を知っていた。今は何故か、その美しい瞳が何色に煌めいていたのか思い出すことが出来ない。
ただ、知りたいと願う。切願、懇願と言ってもいい。その双眸が開けば、私は満たされる気がするのだ。
長く艶やかな黒髪と対峙するように白く透き通るような肌。表情が抜け落ちた貌。胸の前で絡ませた指は、細く長く白く。まるで陶器のような美しい乳白の肌。
一つだけ、足りない。其の瞼を開けてくれさえすれば総てが完成するのだ。瞼の裏にある眼睛の色が明らかになるとき、この人形が私の中で完成するのだ。瞳が開かなければ、彼女は彼女でないのだ。
このままの状態を赦しておけるはずがない。手に入れたい。手に入れて、其の瞼を無理矢理にでも開眼させてやりたい。
紅か蒼か翠か樺か藍か縹か藤か桜か橙か鼠か鳶か墨か雪か。はたまた無色透明か。何色なのか。私に見せておくれ。
嗚呼、嗚呼、衝動が止められぬ。この胸を掻き毟るような衝動は何だというのだ。悲哀でいて官能的なこの思いは何なのだ。
ところで、この人形を見に来た者は何故泣いているのだろう。
皆が涙を流し、洟を啜り、哀しみに叫んでいた。
何故哀しむのだ。こんなに綺麗な人形を前にして。喜び感心こそすれど、泣き叫ぶ理由は何処にも見当たらない。
そういえば、皆が皆、同じような黒いものを着ている。
なんと縁起の悪い。このような素晴らしい芸術を目の前にしてなんたる無礼か。
敬意の念というものが、此処に居る者達から欠如している。
あ。
私も黒い服を着ていた。
まさか私が罪を犯しているだなんて。赦される行為ではない。
早く着替えなければ。人形は私のものなのだ。誰のものでもなく、私のものだ。触れることも、視ることも、赦されるのは他の無礼者共ではなく、私なのだ。
早く、早くしなければ人形が穢れてしまう。何者かの手によって汚される。私が助け出すのだ。敵から彼女を守るのはこの私だ。彼女に害を成すものを薙払うのは私だ。
誰にも手を出させてはいけない。
そのためにはまず、この無礼きわまりない格好を何とかしなければ。
私が慌てていると、友人が話しかけてきた。今私は急いでいるのだ後にしてくれないか。
「気持ちは分からなくもないけどよ…落ち着けって」
これが落ち着いていられるか。彼女を目の前に葬式のような姿で居るなど無礼極まりない。
「……認めたくないのか?」
何をだ。さっきから頓珍漢な事ばかり聞いて御前は一体どうしたんだ。
何故そんな哀しそうな顔をする。どうしてだ。
「逃げてぇのは解る。だがそれじゃあ御前のために死んでいった彼女が浮かばれねぇ」
死んだ?彼女が?何を莫迦な事を。死ぬも何も、彼女は人形だ。最初から生きてすらいない。
彼女は、彼女の名前は、
名前、は……
「凛…?」
「認めろよ黒鋼。凛ちゃんの死を」
月夜に照らされる布団から飛び起きた黒鋼の脳は、経験したことの無い鼓動の速さと、今見た夢の内容に混乱していた。
汗の量が凄まじい。こんな汗、修行でも任務でもかいたことがなかった。しかも、肌に纏わりつくような不快な類のものだった。
呼吸が乱れている。肩で息をせざるを得ない。早まる鼓動を抑えるように、黒鋼は自分の左胸を強く叩いた。
なんなんだ。あの夢は。気味が悪い。人形?凛が死ぬ?そんな莫迦な。なんていう夢を見ているんだ。
同時に、強い強い不安に襲われる。夢の中の得体の知れない『黒鋼』が言った言葉が頭の中で次々と木霊して離れない。夢の中の映像が頭を駆け抜ける。瞳を開けない人形。人形の名前は凛。黒く長い髪。陶器のように白い肌。息をしない死体。
不意に、木霊してよく聞き取れていなかった声が急に鮮明になった。
『 最 初 か ら 生 き て す ら い な い 。 』
夢の中の自分は、何を言った?
…凛。
そこではじめて、隣で寝ている凛に気がついた。最初から其処に居た。ともに床に就き、戯れのような会話を二三してから、眠りについた。
静かな寝息を立てている。呼吸がある。生きている。
瞳は、開かない。
『 瞳 が 開 か な け れ ば 、 彼 女 は 彼 女 で な い の だ 。 』
「…凛」
名前を読んでみる。返事は無い。寝息だけが真夜中の寝室に響く。
「凛」
さっきよりも大きな声で、切願するように、懇願するように。
すると、凛が小さな呻き声をあげながら、瞳を開けた。月明かりに金の瞳が映し出される。溜め息の出るような美しさだった。
「…黒鋼? どしたの?」
寝転がったまま自分の頬を優しく撫でる指。陶器のように白く、細く、美しい指。乳白の肌が月明かりに照らされ、光る。
どうしようもない衝動に駆られて、黒鋼は凛を抱きしめた。いつものような手加減は無い。力任せに、ただ、ただ、抱きしめるだけ。凛が痛がって少しだけ力を緩めたが、それでもいつもの抱擁とは比べ物にならない強さではあった。そうでなければ、自分の体の震えが凛に知れてしまう。力で誤魔化してしまわなければ、勘の鋭い凛は気をもんでしまうだろう。
いや、もうばれているのかもしれない。
何も聞かずに背中に回された優しい腕を感じて、眠りに落ちる寸前、黒鋼は思った。
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